若々しい歩き方とは?⑤ 〜姿勢編〜 (骨盤角度)



若々しい歩き方に関するコラムもとうとう第5回の最終回になりました。これまでのコラムでは、歩き方の指標である様々な加齢変化を示す指標の理解を通じて、若々しい歩き方を学んでいただきました。
今までお話ししたすべての指標が加齢とともに衰えていき、その様子は見た目の若々しさに影響します。これらは、暗示的に歩行の若々しさを示す指標になります。最終回では、明示的に歩行の若々しさを示す指標である、姿勢と骨盤角度についてお話していきます。

「骨盤」とは?

皆さんは骨盤についてどの程度親しみがあるでしょうか?女性ですと、産後の体型ケアや、ヨガやピラティスの実践場面で骨盤の重要性について説明を受けることがあるかもしれません。
歩行において骨盤は移動の機能を担う下半身と作業の機能を担う上半身の間に位置する、大切な部位にあたります。(※1)それもそのはず、骨盤には、左右に股関節が、上部には背骨が位置しており、全身の姿勢や動作と密接な関係にあります。

姿勢と骨盤の傾き

今回は、比較的分かりやすい骨盤の前傾と後傾についてお話していきます。
骨盤が前に傾く、後ろに傾く、というのはどういう状況でしょうか。分かりやすい例で言いますと、椅子に浅くかけて、背もたれに寄り掛かった状態で背中を丸くしてPCを見ると骨盤後傾、一方で深く腰かけて、胸を反らして前を見た状態でPCを見る場合、骨盤が前傾していることが多くなります。
一方、骨盤の正しい位置については、骨盤を立てる、という表現がされます。これは前後の傾きによって、上半身の重みが骨盤を通して下半身にバランスよく、均等に伝わっている状態を指します。(実際は前後だけでなく左右や回旋などの3次元の回転を扱う必要があります。)

傾きの確認


皆さんは自分の骨盤位を確認したことはありますでしょうか。おそらく歩行時の骨盤チェックはしたことがないと思いますので、まずは立位時を確認してみましょう。
まず、寄り掛かれる壁を探します。その壁に、頭の後ろ、お尻、かかとをつけて真っすぐに立ってみてください。そのあとで、壁と腰の隙間にどの程度自分の手が入るか確認してください。この時、手の入るスキマが大きいと前傾(こぶし大の厚み)、スキマが小さい(手のひらの薄さ)と後傾と言われています。直立姿勢では自分で姿勢を制御できると思いますので、丁度良い骨盤の立った姿勢を是非覚えてみてください。

ちなみに、骨盤の立った良い姿勢のはずが、自分にとっては窮屈な場合が多いと思います。実際に骨盤の位置を決めているのは、全身の筋肉の強さや柔軟性で、これらのバランスが自動的に骨盤位を決めています。そのため、この骨盤位を正すには、股関節周辺、背骨周辺の筋肉をケアすることが重要で、ほとんどの場合において、この状態が理想的になっていることが少ないことを示しています。

骨盤の傾きの影響

さて、骨盤が前傾、または後傾になると全身にどのような影響があるのでしょうか。第3回で述べましたが、バランス維持には支持基底面内に重心を入れることが重要です。このため、骨盤が前傾すると、放っておけば下半身は後ろ側に、上半身は前側になり、全身が前のめりになって倒れてしまいます。
これを修正するため、股関節はやや曲げた状態で、上半身は反った状態になります。これは、典型的な反り腰の状態になります。また、逆に骨盤が後傾しますと、下半身は前側に、上半身は後ろ側になり、全身が後ろに傾いてしまいます。この場合は、股関節では対応できませんので、膝関節を曲げた状態にし、上半身は猫背にすることで対応が出来ます。このように、骨盤と全身の不均衡は密接に関連しています。

加齢と骨盤の傾きについて

骨盤の加齢変化については一般的に後傾すると言われておりますが(※2)(※3)、国立研究開発法人産業技術総合研究所が公開した歩行の詳細データベースでは、後傾だけでなく、前傾も加齢で増えていく、つまり骨盤の立っている理想の状態の人が減っていく、というデータがあります(※4)。
これは、第4回で示した歩行の左右差が個人によって異なるという点からも、筋力や柔軟性などの衰えに個人差はあるものの、多くの人が加齢によって全身のバランスを崩していき、その影響は歩行時の骨盤にも現れると予想されます。

歩行時の骨盤の様子はなかなか測れませんが、『Walk Coordinator』技術(※5)を用いることで、確認することが出来ます。なぜ、『Walk Coordinator』技術がお腹の前にスマホを構えるのか、考えたことがありますか?それは、骨盤に加わる歩行中のチカラが、最も全身の歩行を予測・再現するのに適しているからです。
さらに、立位で骨盤を意識するよりも歩行中に骨盤姿勢を意識するほうが格段に難しいです。つまり、この技術を使うことで、自然な状態に近い骨盤位を計測できる、ということです。『Walk Coordinator』での前傾でも後傾でもない骨盤角度範囲は-10.2~0.8°になります。是非確認してください。

また、手でスマホを持つことに疑問を抱いた方もいると思いますが、これは手の自由を奪うことにより、手を使って補われていた歩行能力を差し引いて、体幹と下半身のみでの歩行能力をシビアに評価しているためです。

さて、皆さんはこれまでのコラムを通じて、歩行年齢を思い通りに変えることができたでしょうか。 おそらく難しかったと思います。それは、速度、歩行比、つま先角度、左右差などの多くの歩行指標を”同時に”、”意識して”変化させることがとても難しいからです。
また、骨盤の説明でもあったように、これらの歩行指標には、全身の筋力や関節の柔軟性がかかわっているため、一朝一夕で正していくような指標でもないことが理解できたと思います。
今回のコラムを通じて身に付けた知識をもとに、自分に足りない筋力や関節柔軟性は何か、試行錯誤しながら歩行年齢を指標に若々しい歩き方をゆっくり改善しくことをお勧めします。

全5回のコラムを通じてたくさんの歩行指標を説明させてもらいましたが、歩行にはまだ多くの指標があり、現在も増え続けています。(例えば、全身の協調性を示すHarmonic ratio(※6)や歩行全体の再現性を示す変動係数といった指標)
今までは歩行速度や歩幅くらいしか測れず、ビデオ解析による判定量的な主観解析が主でしたが、テクノロジーの進歩により、これからは関節角度の日常的かつ定量的な解析が進み、”歩き方”といった正解の無さそうな分野に対して個々の特性に迫る研究が進んでいくと思います。

執筆者の紹介

花王株式会社
ヒューマンヘルスケア研究所
須藤 元喜

2001年、花王入社、基礎研究部門を経て、商品開発部門に移り、ヘルスケア商品の開発に従事。今まで、メリーズ、リリーフ、Sooクールローション、リファインなどの商品開発に関わったほか、歩行基礎力測定、ホコタッチなどの歩行モニタリングサービス開発を手掛ける。

(※1)The Human Pelvis: Variation in Structure and Function During Gait - PubMed
(※2)The effect of ethnicity on the age-related changes of spinopelvic characteristics: a systematic review - PubMed
(※3)Evaluation of anatomical pelvic parameters between normal, healthy men and women using three-dimensional computed tomography: a cross-sectional study of sex-specific and age-specific differences - PubMed
(※4)AIST歩行データベース2019 
(※5)花王 | 関節の動きを解析する「歩行メカニクスモニタリング技術」を確立 スマホをお腹に抱えて8歩歩くだけで歩行の姿勢や癖を見える化 (kao.com)
(※6)Overcoming the limitations of the Harmonic Ratio for the reliable assessment of gait symmetry - PubMed